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原稿

決まらねえぜー…と思いながら書いたり消したり書いたり消したりしてたんですが、ようやく最後まで通りました。あとは肉と皮を書き足したらなんとか形になるんじゃないか、な…なるといいな…あんだけ書いといたら大丈夫だと思うんですけど…遅くてすみません。カップリングは予定以上にカオスになりました。言ってもいいんなか?覇十と覇二十とジム覇とあと一つです。オマケ的な。
2009年10月01日 | 未分類

覇王様と、

※リハビリ的に




久方ぶりに顔を見た女は、母であった。いつ以来だろうか、と考えるのも馬鹿らしく、アパートのドア前で腕を組んでいるのを、階段を上がりきった体勢のまま眺めた。気味の悪い女だった。生まれてから捨てられるまで、記憶の中の彼女はおよそ変化というものを知らなかった。艶やかな濃茶の髪はさらりと風に流れ、柔らかな肌は瑞々しく、片違いの眸は日に透けると宝石のようで、すらりと伸びた腕に抱きしめられると甘い匂いがした。軽やかに言葉を紡ぐ声は少し低く、明るさの奥にそっと潜んだ哀しみが聞くものの心を惑わせる。愉しげで悲しげで、嬉しそうで痛ましい、泣きながら嘲笑い、心の底から、悲鳴をあげている。だというのに、その存在には何の傷もつかず、他人とは一線を画した場所でけらけらと笑っていた。
得体が知れなかった。
ぴゅう、と風が吹く。左手に下げたビニールの袋がぴちびちと音を立て、それによって彼女は他人の存在に気づいたらしかった。自分と、弟のものより少し濃い焦げ茶の髪がさらりと揺れて振り向く。ちぐはぎな色の双眸がぱちりと瞬き、輝いた。
「覇王っ」
カツカツカツ、ヒールのまま小走りに駆けてくるのは昔と変わらない彼女のおかしな無邪気さであった。細い腕がいっぱいに開かれ、頭をかき抱いたそれにより有無を言わさず華奢な肢体の唯一豊満な部分に顔を埋める羽目になる。ぎゅう、と覇王を窒息させながら彼女は上機嫌であった。大きくなったなあ、ん?もう俺より背が高いじゃないか。昔はあんなに小さかったのに。ああ、懐かしいなあ、会えてよかった。
嬉しい、嬉しいと全身で歓喜を訴える彼女は記憶のままやはり何一つ変わっていなかった。気味が悪いほどに。否、実際、気味が悪かった。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼女を突き飛ばそうか、と考える。かつて彼女に抱いた憎悪は未だに消え去ることなくこの胸にある。年端もいかぬ子供を投げ出しどこかに消えた女。見知らぬ大人に引き取られ、泣きじゃくる弟を抱きしめながら燃やした炎を捨て去った覚えはない。
不意に、ぺたり、と頬に冷たいものがあてられた。くらい沼へと沈みかけていた思考が引き戻される。目をやれば、彼女の手であった。拘束はいつの間にか解かれ、代わりに彼女の手が顔を撫でていた。
「本当に…大きくなったなあ」
しみじみと呟きながら、頬を撫でる。その声はやはりあの、人を惑わせるものであったが、輪郭を辿る手は以前よりも肉が落ち、薄い皮の下に流れる血の弱さを感じさせるものだった。
驚いて見下ろした顔は相変わらず美しい。しかし昔よりも、確かに小さかった。
これは人間だったのか、と覇王は思った。
2009年09月01日 | 未分類

VJ見ました

キチクックどころかド鬼畜ックだった罠

台詞回しと思考が本気すぎました爆笑wwwwww
2009年08月26日 | 未分類

手書きバトン

20090822151220
陛下から回していただいてたバトン。今更ですが!

さて、頑張らねば。色々。
2009年08月22日 | 未分類

文学系レポートは

面白いんだけど考えを綺麗に整頓して順序よく列べるのが難しい。隠喩があちこちににとんで、それと関連したものがまたあちこちにばらまかれてて、どうやったら上手いこと繋げられるのかわからない。これはやっぱり慣れなんだろうなあ。


MW観てきました。やっぱり人と行くと楽しいね!鑑賞後の考察という点で。
原作の密度が濃いのでどういう削りかたすんのかなーと思ってたら八割くらい別物になってました。大筋は同じだけども、人物とか行動はかなり変えられとる。まあ、別の話として見れば済むんですが、原作関係なく不完全燃焼な部分がわりとありました。酷評されるのもわかる…勿体無い。
以下、感想と、文句…になるのかな。







映画のコンセプトとしていた悪意⇔祈りの対比がとにかく弱すぎる。全体を通して、神父の意思をもっと押し出してくれればよかったのに、と思います。悪意に服従しながら抗おうか迷いつつ流されていて、ただの意志薄弱になってしまっているのが非常に残念でした。大事な役じゃないんだろうか。
神父が悪意から逃れられない理由について、同性愛要素を削ったせいで説明不十分になってしまった、とあったけれどそれは違うと思います。たしかに愛は大きな理由の一つであったけれど、映画での「命の恩人だから」というものだってきちんと描けば納得いく理由になるはず。ていうかMWは同性愛がテーマの話じゃないんだから、制作にしても評価にしてもそこにだけ注視し続けるのは失礼だと思うんですけどどうなんだろ。
祈りの話に戻りますけれど、作中で彼がなにを祈ったのかあんまりはっきりしていない。しきりに口にしていたのは悪意に対して「お前が居てくれればそれでいいんだ…!」というもので、悪意を引き止める際にも「二人で逃げよう」としきりに誘いをかけていたので、彼の願いはあえて述べるなら悪意との穏やかな生活になる。しかし悪意自身は、神父に自分とは別の「守るものができた」と言っているし、それに対して何かしら拘っている様子も特にはない。なんだこの温度差。悪意 ツン←依存系ヤンデレ 神父 でした明確に。
祈りを強調するものとしてしきりに十字架が登場してましたが、あれだけ神父と十字架を絡めようとするなら神父の最期の態勢は十字にしてやれよと思うんですがどうなんでしょう。なんで万歳なんだ意味が分からない渾身のギャグかと思いました。そんな馬鹿な。
神父の持っていたクロスを祈りの象徴、ひとつの鍵として扱うのだとしたら、養い子に渡す描写は必要だったんじゃないのだろうか。盛り上がりが断然違うだろうし。ラストにしても、どうせ原作とは違っているんだから、いっそ神父は悪意に羽交い締めにされながら海に落ちるとかにすればよかったのにと思います。他人の原罪を肩代わりして十字架に張り付けにされ天に召されたキリストの如く、悪意の罪を背負いながら悪意に張り付けにされて十字架にかけられた形になる祈り。そして、それによって墜落する悪意、と二人で母なる海に還ると。悪意と神父は対比であり補い合うものですし、分かたれていたものが一つになるという意味でちょうどいいと思うんですけど。
カーチェイスいらねえとか、突っ込みどころはまだまだありますがキリがないのでやめます。なんせ一時間喋って終わらなかったくらいの量だもの。
ていうか原作、あれなんで禁忌?未だにわかりません。同性愛だからとか言う理由だったら愚かしいにもほどがあると思うんですけど…ほんと、なんでなんだろ。
2009年07月30日 | 未分類
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